Chanmanの日記

作家と読書とセルフコーチングのブログ。 私の作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しております。

安住の地

 ーー冬の前触れ

 

 切り取られた絵を見れば、誰もがそう名付けるであろう光景が、目の前に広がっていた。枯葉は膝の上の高さまで降り積もっている。

 

 命の輝きを迸らせる初夏を迎えようとしているのにもかかわらず、季節外れの光景が絶望を感じさせる。

 

 息をしているかもわからない、消えそうな命をにそっと呼びかけた。

 

「アリス、着いたぞ! どうしたらいい、どうしたら君を! この地を救える?」

 

 ロビンの呼びかけにうっすらと目を開ける。

 

「ロビン……おまじない、お母さんとの約束」

 

「ああ、わかってるよ。どうしたら……

 

 弱々しく指差す場所はいつもアリスがおまじないを行う場所。枯葉を押しのけながら、その場所へ向かいアリスをゆっくりと地面へと下ろす。そして奪い返したおまじないをアリスへ渡した。小瓶のなかの光は輝きを失わず、ぬくもりを感じさせてくれた。

 

 アリスはその小瓶を愛おしそうに胸に抱きしめ、コルク蓋をあけようとするが力が入らないため、開けることができなかった。小さなアリスの手に自分の手を重ねると、アリスはこちらを見て、小さく頷く。そして一緒にコルクの瓶を開けた。

 

 綺麗な小川があった場所へと小瓶の中身を傾ける。ゆっくりとその光は川底だった部分に注がれる。

 

 ああ、これでこの土地が救われる、そう思った。

 

 しかし、アリスは空を見つめ、涙を流しながら言った。

 

「ロビン、私を見つけてくれて、ありがとう」

 

「私にご飯を食べさせてくれて、ありがとう」

 

「私と一緒に遊んでくれて、ありがとう」

 

「アリス……?」

 

 アリスは続けた。

 

「私を温めてくれて、ありがとう」

 

「ロビン……私を愛してくれて、ありがとう」

 

 今までに見たことのない、太陽のような笑顔を向けてくれた。

 そして、小さな光がアリスの体からポツポツと出てくると、その光はアリスの体をゆっくりと旋回していた。

 

「ア、アリス。まさか!」

 

 命を賭して、母との約束を守ろうとすることを知ってしまった。アリスの肩をつかもうとするが、その手はアリスの体を通り過ぎ、空を掴んだ。

 

「ねえ、ロビン。アリスね、ロビンがいてくれたから思い出せたよ。お母さんが教えてくれた、おまじない」

 

「だめだアリス! 死んだらだめだ! アリスが犠牲になることはないんだ! 約束したろ? もっとたくさん遊ぼうって、たくさんご飯食べようって! いろんなとこに旅しようって!」

 

 いくら必死に訴えてもその光はだんだんと輝きを増し、アリスの姿を見ることができないほど、強く、眩しく輝いていく、命を芽吹かせる太陽のように。

 

「だから、アリスね。ロビンにも、おまじないしてあげたい」

 

「えっ……

 

 

ーーロビン、愛してる

 

 

 アリスは胸に抱きつくように飛び込んんでくる。それを受け止めるように腕で受け止めようとするが、アリスの身体に触れることはない。だが、触れずとも感じることができる、暖かい命のぬくもりを。

 アリスの頬はうっすらと紅潮し、照れたように、だがしっかりとこちらの目を見つめていた。それに応えるように言った。

 

「ああ、俺も愛してるよ」

 

 アリスはニッコリと微笑むとそっとその小さな唇をロビンの唇へと重ね、優しいぬくもりを残しながら消えていった。

 

「アリス……!」

 

 再びアリスに触れることは叶わなかった。地面に積もった枯葉を握りしめる。愛おしさが溢れてくる。握りしめた枯葉からはクシャリと乾いた音がした。握り拳に自分の涙がこぼれ落ちる。その涙は乾いた地面へとしみ込んでいくが、すぐに乾いてしまった。

 

 じわりと地面が湿っているように感じたのは自分のこぼした涙だろう、そう思った。しかし次第にその湿り気は、膝へと伝わっている。それまで乾いていた地面の色が湿り気を帯び、そして一つの筋を描きだした。だんだんとその流れの勢いは増していき、アリスが光となったその場所からは、命の源が湧き始めていた。

 

 一つの命が絶え、沢山の命が産声をあげる。

 

 その水に触れた枯葉は柔らかな腐葉土へと変化し、小さな芽吹きを迎え入れる。小さい、それでもゆっくりとその若草色の芽吹きは目の前へと広がっていく。枯れた木々がからは水を吸い上げる音が聞こえくる。枝からは新緑の葉が陽の光を受け眩しく輝き始めていた。

 小さな命が紡いだこの世界はあまりにも美しすぎて、その言葉は自然とこぼれ落ちていた。

 

「ありがとう」

 

 その言葉に応えるかのように、優しい風がそっとロビンの頬を撫でた。

 

***

 

 アリスが森となって数ヶ月が立っていた。

 短い時間だったかもしれない。アリスと過ごした日々を回想するたびに胸に熱いものがこみ上げてくる。

 アリスと過ごした小屋の中は元どおりとはいかないが、綺麗に片付けることができた。今では定期的に来て窓を開け、風を吹き込ませる。

 

 アリスが残した命の源泉は大きな流れとなって、この土地を、そして村を潤わせてくれている。村のみんなはこの場所を大切にしようと代わる代わる管理をしてくれている。そしてその源泉の周りに供えられる花が絶えることはなかった。

 

 カレンからは泣きながら反対されたが、ロビンは村を出て旅を再開することにした。一年に一度、アリスが森になったその日、必ず戻ること約束をして。

 

 ロビンは今日、お別れに来たのだ。

 

 名残惜しくもある。

 この土地にずっと住んでいようとも考えていた。

 しかし、アリスと約束したその山へ、その海へロビンは行こうと思った。アリスと旅をしていると思えば、いまだにつきまとう悪夢は消えると思っていた。

 

 アリスとの思い出を惜しむかのように、光を再び取り戻した庭の中心にある小屋を見つめながら、後ろ歩きに庭を出て行く。

 

 庭を出たところで、少しため息をした。なんとなく、そこにアリスがいるように思えていった。

 

「ありがとう、愛しているよ。それじゃあ、またな」

 

 小屋を背に、新しく出発しようとした時だった。ふわりと優しい風が頬をなで、ふと後ろ髪を引かれるように振り向き、小屋を見つめた。

 

 アリスが見送っているような気がした。

 

 何を期待していたのだろうか、未練がましい自分に呆れ、地面に視線を落とし、大きくため息をついた。気を取り直し、目を開けた時だった。自分のものとは違う小さな両足が見えた。

 

 ああ、あまりにも憂鬱が度を過ぎると幻覚まで見てしまうのか、と自分の情けなさに呆れてもう一度ため息をつく。

 

 よし、と気を取り直して視線を上げれば、そこには日の光を反射して風になびく長い銀髪、美しいルビー色の大きな瞳がロビン見つめていた。照れたように頬を染め、満面の笑みを浮かべていった。

 

「ロビン、ただいま!」

 

その日、ロビンは旅することをやめた。

 

お・わ・り・!